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January 15, 2008

薬害肝炎救済法の成立をみて

 昔と比べると良い時代になったと思う時があります。その一つが薬害肝炎救済法の成立です。この成立には公明党の坂口元厚生労働大臣、斉藤政調会長の救済に対する強い意思と自民党に対する働きかけがありました。
 山口美智子・薬害肝炎原告団代表は解決後、私達の部屋を訪ねられた時、公明党は長い間私達に寄り添い、ゆっくり話を聞いて解決に尽力して下さいましたと感謝の言葉を述べられました。
 ハンセン病国家賠償訴訟の時も、当時の坂口厚生労働大臣は厚生労働省の役人のあれこれ抵抗するのを抑え、救済に尽力されました。
 私は不条理な立場におかれた人々の身に寄り添い、解決に力を尽くす公明党にいられる事を幸せに思います。まだまだ数え切れない程、不条理な事は世の中にあります。でもその一つ一つを丁寧にすくい上げ、解決に向って努力していきたいと思うのです。少なくとも私の第二の人生の政治家の理念です。

 原告団は5年間も見えない闇の中で一筋の光を見つめながら、病と闘いながら強い意思で、時に絶望に陥りながら今日の成立を見られたのです。私はまず心から敬服しました。自分だったら出来るだろうか、途中で挫折してしまったのではないか、強い意思と、続ける力を維持していく事の重要性を深く認識しました。
 亡き父がいつも私に言っていた「継続は力なり、愛は持続なり」です。一筋にひたむきに目標に向っていけば、きっと最後は神様が手を差し延べて下さるのですね。
 以前と比べれば一人一人を大切にする社会が構築されつつある事に私は日本の未来は明るい、生きるに値する社会が作られていくと未来に希望が湧いてきます。その力になる為に私たち政治家が存在しているのですね。
 こんな事がないと自らの無力さに、時おり未来に絶望的になります。

 若い時、たぶん小学校高学年か中学校の時、社会党の党首・浅沼次郎さんが少年にナイフで刺され死亡しました。
 真面目で誠実で庶民の幸せを大切にして生きてきた人が何故無差別につまらない殺され方をしなくてはならないのか、余りにも理不尽すぎると憤りを込めて落ち込んだのを覚えています。
 勿論、その時思想的にどうこうなんて全くありません。だってたかが10歳位の子どもですから。でも新聞を読むのが大好きで、政治家なのに借家住い、質素で堅実な人だったという記事に惹かれただけです。
 でも世の中は変わって欲しいと強く願います。それぞれの立場の人が、生きている幸せを実感出来る環境整備が急務です。99.7%の中小企業に働く人の為に、ワーキング・プアーの解消の為に、母子家庭の子どもが、修学旅行に行く事が出来る為に政策に向っていきます。

 薬害肝炎救済法の成立を必死に願いながら亡くなった方に心からご冥福を祈ります。私は、死んでも人の意思は生き続けていくと信じています。だからこそ亡き父に恥じない生き方をと願うのですが、だとしても成立を見たかっただろう、無念だっただろうと忸怩たる思いです。

 一人一人の幸せの為に何事も早期解決に尽力する一年にしたいと肝に銘じた一日でした。

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