残念にも突然中止になった香港視察
連休に文化庁長官とマカオの世界歴史遺産を視察する事にしていました。
世界にはユネスコ認定の851の世界遺産があり、日本には11件の世界文化遺産、知床をはじめとした3件の世界自然遺産があります。
昨年は島根の石見銀山が世界文化遺産に登録されました。10年前、公明党の斉藤政調会長に案内され視察に行きました。雪が残る歩きづらい道、アクセスも悪い中、視察に行った思い出に残る地です。
世界の人達への認知が薄く、駄目だろうといわれている中、昨年5月パリの近藤ユネスコ大使に直接お目にかかり、世界にも稀有な銀山として栄えた地であり、今も地元の人々に伝統と文化がしっかり受け継がれている事を説明して、理解して頂きました。
大使は世界中の委員の方々に十二分に説明して下さいました。大使の御尽力なくして石見銀山の世界遺産登録はありませんでした。心より感謝の思いです。
島根の方々には、若い世代に夢と希望を与えるだけでなく、経済の活性化にも役立つと大変喜んでいただきました。
マカオでは、2005年7月に世界遺産に登録された「マカオ歴史市街地区」を視察する予定でした。中国31番目の世界遺産となった「マカオ歴史市街地区」は、22の歴史的建築物と8ヵ所の広場を含む日常生活地域です。
住民と一体となった世界歴史遺産の保存、維持、管理は日本も学ばなければならない課題です。頭にしっかり叩き込み、これからの日本の世界遺産にも反映していきたいと楽しみにしていたのです。
ところが前々日の夜、突然、官房長官より視察を止めるようにとの通達が届きました。
中国は旧正月だから、公務が十分に出来ないだろうとの判断のようでしたが、歴史遺産は休日だろうが関係ありませんし、私は突然の事に驚き、がっくりしました。
でも官房長官は、権力はやはり大きいのです。総理に次ぐ2番目の地位にいられる方ですから、逆らえません。
権力は影響力が大なのです。私も副大臣という要職にあるので注意しなければならないと自戒しました。
詰めていたスーツケースの中身を元に戻しながら、何故中止しなければならないのか釈然としないまま、何日間も準備して下さった受け入れ先の方々、旅行会社、全ての方々に申し訳ないと、忸怩たる思いで落ち込みました。
私の好きな言葉に「いつも希望、喜びの心で。どんな時にも感謝の心を」がありますが、私はこんな時、感謝の心なんて持てないわとぶつぶつ嘆いていました。でも習慣になっている、寝る前に両親に手を合わせて祈る時は、「私の心は乱れています。でも健康である自分に感謝しています。勇気を与えて下さい」と少し冷静になれました。眠れない悔しい一夜を過ごし、静かに自己を振り返れば、幾つかの反省も芽生えました。
お忙しい官房長官と直接お目にかかり、お話しする時間もなく、何人もの伝言者が間に入っています。その間、本当に私の真意が伝わっていたのかどうか疑問です。
まず私が直接話した人に私はその人を心から納得させられたのか、もし私が自分で納得しているあまり、自分の目的をしっかり相手に伝えていなかったら、次から次へとメッセージが伝わっていく間に徐々に目標が薄れていってしまうのです。
これは私だけの問題ではなく、党と党、国家と国家も同じ事がいえるのでしょう。
特に外交問題では小さな溝が大きく拡がったり、誤解を生んだりして、修復できない亀裂を生む恐れもあります。
私の反省の一つでした。
また二つ目に、若い頃は自らの目標に対しガムシャラに突き進んでいきましたが、歳を重ねると周りの状況が見えてくるのです。すぐに相手の気持ちが理解できてしまい、勇気や情熱が失せたのではないのですが、でもつい躊躇してしまう事が多くなってきた気がします。
官房長官に出張の件をもっと早く報告していればという事も言われましたが、ねじれ国会でつなぎ法案の提出を巡って緊迫していたこともあり、国対委員長や官房長官が対応に追われていることも承知していたので、なるべく心配をかけない時期にと思い、提出の時期を待っていました。
前にブログにも書きましたが、小泉元総理のように、目的のためには例え人を傷つける事が一時的にあっても、まっしぐらに突進していく事が必要なのかもしれません。私にはその心根が薄いのかもしれません。だから偉くなれないのでしょうか。
自分の目標が「動機は善なりや、私心なかりしか」と自らに問い、それが私情ではなく、国のためと確信したら、その目標を勝ち取る努力をもっとしていくべきかもしれません。
理不尽だと怒りながら、様々な事に思いを巡らした一夜でした。
私が怒っている時、一緒に怒ってくれ、冷静になるのを待ってくれる家族の支え。「連休に家に帰れてママ、良かったじゃない、毎月のお祖父ちゃま、お祖母ちゃまのお墓参りもゆっくり出来て幸せじゃない」と言ってくれた娘達に、ただただ感謝です。
小さい事から大きな問題まで、いつも娘たちに支えられている事を再確認した一日でもありました。
