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March 05, 2008

思いつくままに・・・

 宮崎県の東国原知事や京都の山田知事、経済界や労働界の方々もお入りになり、「せんたく」議連が発足するという記事を目にした時、私はすぐに入りたいと思いました。
 国が何をなすべきか、地方が何をなすべきか、役割分担と連携はこれからの日本の舵取りの上で大変重要なことと思われたからです。

 一昨年、義務教育費国庫負担金を国が持つか、地方が持つかで大変揺れました。
 義務教育の教職員の人件費を、地方分権だから地方によこせと多くの首長が主張しましたが(私は教育の格差を生むことを恐れ、国が人件費を担保すべきと主張し、2分の1から3分の1の国負担ということで決着しました)、その同じ首長さんが、今度は道路特定財源の時には国のヒモ付きの財源がほしいとはどういうことなのかと、解せない思いです。
 教育においても中央がやるべきことと、地方の特色を生かした教育のあり方が検討されるべきでしょう。

 そういう意味からもすぐに入りたいと思いましたが、政府の人間は入らない方がいいのでは、ということで入れませんでした。政府にいると色々と不自由なこともあります。
 連休の世界遺産視察の中止といい、今回のせんたく議連に入会できなかったことといい大変残念です。でも政府の中にいれば、直接政策に関わることができるのですから、充実した時を過ごせるのも確かです。
 何かを捨て何かを取る。良いことばかりを取れないのが人生かもしれません。

 話は飛びますが、ブログは日記ですから話が飛んだって良いのですね。

 新聞の週刊誌の広告に、皇太子様と雅子妃殿下が目白の寿司屋に密かに行かれると書いてありました。
 タイトルだけで中を読んでいないのでわかりませんが、目白は皇太子様が通われた学校のある所です。東宮御所には腕のいいコックさんがいるのでしょうが、寿司の職人は流石にいないことでしょうし、お寿司はカウンターで大勢と談笑しながら、にぎってもらったものを食べるから美味しいのです。
 きっと東宮御所の広い優雅な食堂で二人っきりでお寿司をにぎってもらっても、それらしい雰囲気にならないかもしれないと、あれこれ想像したりしました。
 私から見れば四季折り節に美しい花々が咲き乱れる広いお庭の東宮御所は、それだけで心なごむのではないかと思いますが、外部に出られないということは現代に生きる人にとっては大きなストレスかもしれません。

 雅子様のお気持ちもわかります。
 でも願わくば、雅子様は公人でいらっしゃるから、現代はセカンドオピニオンの時代ですから、何人かのお医者様の診断のもとで病状を公開されたらいいのにと思います。
 生活や職場のギャップから精神的に落ち込んでいる人も多い中、雅子妃殿下が病名を公開なさることは国民それぞれが痛みや苦しみを分かち合い、安堵し、共通認識を持つのではないでしょうか。
 聖書の「テンダネス」は痛みや苦しみを分かちあうということです。私はこの言葉に触れた時、大変感銘を受けました。
 マザーテレサの素晴らしさは、悩んでいる人、苦しんでいる人の傍にいき、手を取り、彼らの苦しみを共有したことです。それによって、苦しんでいる人々の苦しみが和らぐのです。

 雅子妃殿下が病状を公開されたら、国民は雅子妃殿下と寄り添い、共に回復を願っていくことに充実感を見出せると思います。
 私は国民と共にある皇太子様、妃殿下にそれを望みたい思いです。
 休日には梅の花を見に、天皇皇后両陛下が東宮御所に行かれたとのこと、何となく和やかな幸せが伝わってくる思いがします。
 天皇陛下と皇太子様は日本国の象徴とその後継者でいらっしゃいますが、その前に父と息子です。美智子皇后と雅子妃殿下も、お姑様とお嬢ちゃまなのですから携帯電話のある時代、もっとざっくばらんにコミュニケーションがとれないのでしょうか。「この頃御所にいらっしゃらないから、お顔が見られなくて寂しいわ」と美智子皇后がお電話なさったら、外国育ちの雅子妃殿下は「あら、それじゃまいりますわ」とか、「御所に上がると、あとでどっと疲れが出てしまうんです。もうちょっと待って下さいませね」とか、お返事があるかもしれません。
 皇室は一般の家庭とは違うんだよ、そう簡単には出来ないんだよ、とおっしゃる声が聞こえそうです。

 確かに私も幼い時から、朝起きたら「ごきげんよう」、夜寝る時にも「ごきげんよう」、両親には敬語、そんな生活をしてきました。その反動でか、娘とはまるっきり友人です。それでいながら姉から電話がかかってくれば、やはり「ごきげんよう」がつい口を出て、父や母のことを話す時はつい敬語になっています。
 そんな生活も懐かしく思い起こされますが、形式はどうであれ人と人を結び付けるのはやはりコミュニケーションです。意思の疎通を欠かすことは大きな不幸だと思います。
 勿論、私も家族とのコミュニケーションに心がけたいと思います。でも悲しいかな、高校一年の長女の息子はあまりコミュニケーションを図ってくれません。(涙、涙・・です。)

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