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May 12, 2008

母の日に想う

 昨日は母の日でした。
 2人の娘からディオールの口紅と、超高級なチョコレートのプレゼントがありました。
 長女の由紀は「ママにはいつも可愛らしいランジェリーやパジャマを贈っているけれど、今年は洋服に合わせて選べるよう幾つあってもいいと思うから口紅を贈るわ。それにママはチョコレートが好きだから、これは超高級だから人にはあげないでね。」
 何と500円硬貨より薄い位の大きさのチョコレートが、効能書きを添えて18枚入って2500円とか。ちゃんと値段までしっかりと言ってくれるところ、さすが娘たちです。
 確かに去年の母の日、そして今年のお誕生日と、娘たちからは自分では決して買わないフリルのついた可愛らしいランジェリーやナイティを貰いました。余りにも可愛らし過ぎ、とても着るのは気恥ずかしく、でも見ているだけで心がワクワクし、私はイヤなことがあると広げて見とれます。
 娘がくれたチョコレートは、あっという間に由紀と明日香と私とで、6枚がなくなりました。明日香ちゃんが、もっと欲しいと2枚目を要求したとき、由紀いわく「ダメよ、これはヤーママにあげたんだから」明日香はちょっと悲しい顔をして「じゃあ、いい」と、あきらめの良いあの子らしく納得する姿がいじらしく、私は「みんなが幸せを分かち合うんだから、明日香ちゃんが食べていいのよ」と言いました。そんな何気ない心の交流のひとときが私には限りなく幸せです。

 九州に行っている次女の美佳からは「今日、ママのそばにいられなくてごめんなさい。愛する由紀ちゃんや宗ちゃんや明日香と、楽しい時を過ごしていると思います。いつも沢山の愛情をありがとうございます。これからも太陽ママで公私とも、より幸せなママでいて下さい」と朝、メッセージが届きました。
 夜に再びメッセージが届き「先日ママは、子どもは親を選べないと言っていましたね。由紀ちゃんも美佳も、生まれ変わってもママとパパの娘がいいです。ママとパパの間に生まれて沢山愛してもらったから今があります」
 私は確かに娘には恵まれています(オッと夫にも)。
 娘に恵まれているということは補って余りある人生の全てと言ってもいいほどの幸せを私に与えてくれました。

 私は子どものことで思い煩ったということが本当にありません。確かに今振り返ればボーイフレンドが美佳の周りをウロウロして心配したり、由紀の大学受験の時に、思い悩んでいる由紀の心情を思い、どうアドバイスしたらいいのか、考えあぐねたりすることはありましたが、それは悩みといえるというほどのことではなかったと思います。
 幼い娘の現在よりも、社会人になってから長く生きるであろう娘の人生に思いを馳せ、娘自身が様々な困難な挫折に出会っても、それを克服するだけの生きる力や正しい判断力、価値観を持っている人間になることを常に子どもを育てる根本方針にはしてきたつもりです。
 そういう意味では決して私は甘い母親でなく、娘いわく、門限にも厳しい、礼儀作法にもやかましい、そして早寝早起き、栄養管理をする母親だったと言われます。
 確かに夕方6時30分になったら、必ず食卓につき、勿論テレビなど見ないで皆で語らいながらご飯を食べる、勉強よりも何よりも十分な睡眠を取ること、刺激物は食べさせない、清涼飲料水も体に良くないと言い聞かせてきました。でも私は娘を育てるというよりは、娘に支えられての日々だったと思います。
 結果的には娘は健やかに育ってくれましたが、むしろ娘には迷惑をかけたことが多々あったのではないかと思います。

 由紀が「母を語る」という新聞に掲載した中で「アメリカのディズニーランドに行き、メリーゴーランドに乗りました。あの大きな格好いい馬に乗ろう、とそこにたどり着く前に母はその馬を占領していました。仕方なく私は小さな馬に乗りましたが、母はそういう時、子どもの存在を忘れるほどに無邪気に自分自身が子どもになってメリーゴーランドに乗る母です。私が大学時代、友人を連れてくると、いつの間にかその輪の中心に母がいるのです。世間の常識に捉われず、いつも自分自身の信念にしか生きない母・・・」という箇所がありました。
 確かにそういうシーンを思い起こします。今だったら勿論、長女の子どもに譲ります。でも確かに私は若い母だったから、きっと自分自身が誰よりもメリーゴーランドに乗りたかったんだと思います。
 今、もし2人の幼い娘の母でいたらならば、もっともっと聡明に子育てが出来たと思い至ることもあります。子どもが大好きであるにも関わらず、仕事をしなければ生きている甲斐がなかった私は、子どもを可哀そうと思いつつも、仕事を続けてきました。
 出張が多かった私が美佳と交わした交換日記の中で「ママが大大大大大・・・(大が何と沢山書いてあったことでしょう)大好きなママへ。出張は月1回位にして」と書いてきました。今読むと娘がいじらしく、胸がふさがります。その頃、娘は家に帰ると必ずママがいて、エプロンをかけた手作りのおやつが待っているそんな家庭にあこがれたといっています。
 にも関わらず、娘は今結婚しても仕事が手放せない女性に成長しました。良かったのか、悪かったのか、答えは出せません。確かに子どもの視点といいながら、子どもの視点に立てないことの何と多いことか。
 多くの反省を込めながら、若い世代に、親を選んで生まれることの出来ない子どものために、良き母、良き父であってほしいと願わずにはいられません。

 当選してすぐに児童虐待防止法をつくりましたが、今なお虐待されている子どもの数は増えています。
 厚生労働省で把握している分だけで、児童虐待が原因で亡くなった子どもは平成18年には61人、加害者の約65パーセントが実父母、継父母など保護者でした。今、全国に児童相談所は196ヶ所(19年)。相談件数は3万7323件。
 遺棄されたり、虐待されている子どもは増え続け、児童相談員も足りず、おかしいと思われながら見過ごされている子どもたちが多くいる現状を憂います。
 パンダもいいけれど、そのお金を虐待される子どもたちに回してほしいと思うのも本音です。(飼育に3.8億円かかるそうです)
 道路の整備も元より必要ですが、生まれ出た子どもの環境整備に使ってほしいと願っています。児童虐待対策にかかる経費は国の予算としては804億円です。
 もっと子育てを重視し、お金をかける国であってほしい。それこそが先進国ではないか、と幸せの中にあっても思う母の日でした。

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