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December 15, 2009

習国家副主席を迎えて

 今日、天皇陛下と中国の習近平国家副主席との会見が滞りなく行われ、ほっとしました。
 これに関しては、マスコミを大いに賑わし、私はいくつかの観点から心を痛めていました。それは天皇陛下のお気持ち、そして会見する習副主席の気持ちです。
 政治的に利用されたか否かは、これからしっかりと検討する必要があるのでしょうが、羽毛田宮内庁長官の会見を複雑な思いで聞きました。
 長官がもし本当に政治的利用はいけないと考え、且つ天皇陛下のお体を心配したなら、身を挺して、内閣からどのような圧力があろうとも、お断りすべきだったのです。
 最終的に内閣の強い要望に屈して、その後でマスコミにその旨を発表するのは、私から見れば、男らしくないと思います。
 彼は何一つリスクを負っていないのです。
 本来、自分の職を辞する覚悟で、自分の信じた道を貫き、天皇をお守りすべきだったと思います。そしてそういう事実があったことをきっちりとマスコミに言うべきだったのではないでしょうか。
 そして、会見前に、そのような発表をされる天皇陛下、並びに会見する習副主席の気持ちはいかがばかりでしょうか。
 天皇との会見を権威あるものとして来日された習副主席は、日本の国内であれこれ揉めたことを、決して気持ちよくは捉えないはずです。
 せっかくの会見が私は台無しになるような気がします。
 羽毛田長官は、木を見て森を見ずで、全体的な把握ができていないように思います。
 そもそも長官は厚労省の次官だった人であり、私が調べたところ、宮内庁のプロパーが余りにも少なく、警察、厚労、建設、大蔵、自治、あらゆるところの天下り先、いえ、間違えました、「天上り」先であることに愕然としました。

 私の母方の祖父、仙石政敬は、明治から昭和初期にかけて宮内省の官僚であり、宮内省諸陵頭などを経て、大正12年、内閣賞勲局総裁、14年には、宮内省宗秩寮総裁、最後は貴族院議員を務めました。
 戦前の体制が良かったと言うつもりはありませんが、昔の宮内庁職員は命がけで天皇陛下をお守りされました。
 第二代長官の宇佐美毅さん、第三代長官の富田朝彦さん、また小泉信三さんなどは国民のため、天皇のため、体を張って仕事をしたのです。
 そういうことが失われていくようで残念であると同時に、危惧を感じています。
 宮内庁のあり方を考える時が来ているのかもしれません。

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