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November 26, 2013

小学校時代の作品です

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 この絵、上手だと思われませんか。
 小学校5年生のときに書いた賀状です。

 久しぶりに小学校時代の同級生が京都に遊びに来て、数名と一晩共にしました。
 70年近い歳月を超えて、小学校時代に戻った気持ちになり、午前2時まで語り明かしました。
 その友人の一人が、図工の時間に描いたみんなの賀状を一冊のノートにしたため、ずっと遺していたのです。彼女は転勤族だったので、岐阜、兵庫、福岡と転勤し、その間もずっとそのノートを持ち歩いていたようです。私は何一つ小学校時代のものを残していないので、とても懐かしく貴重なものに思われました。こうしたちょっとした思い出の品は、得ようとしても得ることができず、深い感謝の思いを持ちました。
 ウメ、テコ、ムラコ。すべて小学校時代に戻ってニックネームで呼び合うことに何の違和感もありませんでした。
 ニックネームは、ただ単純に、私は梅渓だから「ウメ」、「ムラコ」は村上さんだから「ムラコ」。
 私は「ウメ」というニックネームは決して嬉しくありませんでした。
 今でこそ「ウメ」は、厳しい寒さにあっても毅然と気高く優雅に咲き誇る梅でもあり、心を寄せていますが、幼いとき「ウメ」といわれると、なんとなくおばあちゃんの名前みたいで身にそぐわない気がしました。
 けれども梅渓さんなんて呼ばれたらなおさら空々しくて、やっぱり私は「ウメ」なのかもしれません。
 宍戸さんは「オシシ」。でも彼女はそのニックネームは本当に喜んでいたのでしょうか。バスの中で少女たちが大声でオシシ、オシシと呼ぶのを彼女は少し嫌だったわと言っていたのを思い出しました。
 また友人の中に「オチャル」というニックネームの人がいました。彼女は身体能力がずば抜けていて、テニスの選手でした。学習院女子部が曲がりなりにもそのときテニスがうまいということで名を馳せていたのは、彼女の力によるところ大です。テニスばかりしていたので当然色が黒く、あまりにも敏捷だったから、「オチャル」のニックネームになったのでしょうか。私は運動神経が鈍かったので、彼女を別世界の人として畏敬の念で見ていたので、あまり話したことはなかったのですが、振り返ってみると、もしかしたら「オチャル」というニックネームを彼女は嫌っていたかもしれない。そんな気がしたのです。
 いつ誰がつけたかわからず、でもいつの間にかみんなの中で定着し、当然のごとくに親しんできたニックネーム。もしかしたら必ずしも本人が喜んでいたとは限らない。そんな気が、青春時代の思い出とともに蘇ってきました。
どちらにしても、私は「ウメ」と呼ばれると青春時代を思い起こし、なんとなく華やいだ気持ちになりました。

 ちょっと時間ができたので、これからは私が在校し限りなく愛していた学習院の初等科、中等科、高等科の人たちと共に過ごす時間をもちたいと思ったひとときでした。
私が素敵だと思うのは、みんな人の批判をしたり、ななめに物事をみたりすることなく、純粋で心の優しい人が多いことです。もしかしたらそれは私の学校に対する身贔屓でしょうか。

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