<?xml version="1.0" encoding="utf-8"?>

<rdf:RDF
  xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#"
  xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
  xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
  xmlns:admin="http://webns.net/mvcb/"
  xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
  xmlns:cc="http://web.resource.org/cc/"
  xmlns="http://purl.org/rss/1.0/">

<channel rdf:about="http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/">
<title>池坊保子 ブログ</title>
<link>http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/</link>
<description></description>
<dc:language>ja-JP</dc:language>
<dc:creator></dc:creator>
<dc:date>2008-05-12T18:53:52+09:00</dc:date>
<admin:generatorAgent rdf:resource="http://www.typepad.com/" />


<items>
<rdf:Seq><rdf:li rdf:resource="http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_c139.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_4a66.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_c296.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_0d24.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_a8ac.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_407d.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_5f49.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_c3bf.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_0227.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_5487.html" />
</rdf:Seq>
</items>

</channel>

<item rdf:about="http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_c139.html">
<title>母の日に想う</title>
<link>http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_c139.html</link>
<description>　昨日は母の日でした。 　２人の娘からディオールの口紅と、超高級なチョコレートの...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　昨日は母の日でした。&lt;br /&gt;
　２人の娘からディオールの口紅と、超高級なチョコレートのプレゼントがありました。&lt;br /&gt;
　長女の由紀は「ママにはいつも可愛らしいランジェリーやパジャマを贈っているけれど、今年は洋服に合わせて選べるよう幾つあってもいいと思うから口紅を贈るわ。それにママはチョコレートが好きだから、これは超高級だから人にはあげないでね。」&lt;br /&gt;
　何と500円硬貨より薄い位の大きさのチョコレートが、効能書きを添えて18枚入って2500円とか。ちゃんと値段までしっかりと言ってくれるところ、さすが娘たちです。&lt;br /&gt;
　確かに去年の母の日、そして今年のお誕生日と、娘たちからは自分では決して買わないフリルのついた可愛らしいランジェリーやナイティを貰いました。余りにも可愛らし過ぎ、とても着るのは気恥ずかしく、でも見ているだけで心がワクワクし、私はイヤなことがあると広げて見とれます。&lt;br /&gt;
　娘がくれたチョコレートは、あっという間に由紀と明日香と私とで、6枚がなくなりました。明日香ちゃんが、もっと欲しいと2枚目を要求したとき、由紀いわく「ダメよ、これはヤーママにあげたんだから」明日香はちょっと悲しい顔をして「じゃあ、いい」と、あきらめの良いあの子らしく納得する姿がいじらしく、私は「みんなが幸せを分かち合うんだから、明日香ちゃんが食べていいのよ」と言いました。そんな何気ない心の交流のひとときが私には限りなく幸せです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　九州に行っている次女の美佳からは「今日、ママのそばにいられなくてごめんなさい。愛する由紀ちゃんや宗ちゃんや明日香と、楽しい時を過ごしていると思います。いつも沢山の愛情をありがとうございます。これからも太陽ママで公私とも、より幸せなママでいて下さい」と朝、メッセージが届きました。&lt;br /&gt;
　夜に再びメッセージが届き「先日ママは、子どもは親を選べないと言っていましたね。由紀ちゃんも美佳も、生まれ変わってもママとパパの娘がいいです。ママとパパの間に生まれて沢山愛してもらったから今があります」&lt;br /&gt;
　私は確かに娘には恵まれています（オッと夫にも）。&lt;br /&gt;
　娘に恵まれているということは補って余りある人生の全てと言ってもいいほどの幸せを私に与えてくれました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　私は子どものことで思い煩ったということが本当にありません。確かに今振り返ればボーイフレンドが美佳の周りをウロウロして心配したり、由紀の大学受験の時に、思い悩んでいる由紀の心情を思い、どうアドバイスしたらいいのか、考えあぐねたりすることはありましたが、それは悩みといえるというほどのことではなかったと思います。&lt;br /&gt;
　幼い娘の現在よりも、社会人になってから長く生きるであろう娘の人生に思いを馳せ、娘自身が様々な困難な挫折に出会っても、それを克服するだけの生きる力や正しい判断力、価値観を持っている人間になることを常に子どもを育てる根本方針にはしてきたつもりです。&lt;br /&gt;
　そういう意味では決して私は甘い母親でなく、娘いわく、門限にも厳しい、礼儀作法にもやかましい、そして早寝早起き、栄養管理をする母親だったと言われます。&lt;br /&gt;
　確かに夕方6時30分になったら、必ず食卓につき、勿論テレビなど見ないで皆で語らいながらご飯を食べる、勉強よりも何よりも十分な睡眠を取ること、刺激物は食べさせない、清涼飲料水も体に良くないと言い聞かせてきました。でも私は娘を育てるというよりは、娘に支えられての日々だったと思います。&lt;br /&gt;
　結果的には娘は健やかに育ってくれましたが、むしろ娘には迷惑をかけたことが多々あったのではないかと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　由紀が「母を語る」という新聞に掲載した中で「アメリカのディズニーランドに行き、メリーゴーランドに乗りました。あの大きな格好いい馬に乗ろう、とそこにたどり着く前に母はその馬を占領していました。仕方なく私は小さな馬に乗りましたが、母はそういう時、子どもの存在を忘れるほどに無邪気に自分自身が子どもになってメリーゴーランドに乗る母です。私が大学時代、友人を連れてくると、いつの間にかその輪の中心に母がいるのです。世間の常識に捉われず、いつも自分自身の信念にしか生きない母・・・」という箇所がありました。&lt;br /&gt;
　確かにそういうシーンを思い起こします。今だったら勿論、長女の子どもに譲ります。でも確かに私は若い母だったから、きっと自分自身が誰よりもメリーゴーランドに乗りたかったんだと思います。&lt;br /&gt;
　今、もし2人の幼い娘の母でいたらならば、もっともっと聡明に子育てが出来たと思い至ることもあります。子どもが大好きであるにも関わらず、仕事をしなければ生きている甲斐がなかった私は、子どもを可哀そうと思いつつも、仕事を続けてきました。&lt;br /&gt;
　出張が多かった私が美佳と交わした交換日記の中で「ママが大大大大大・・・（大が何と沢山書いてあったことでしょう）大好きなママへ。出張は月1回位にして」と書いてきました。今読むと娘がいじらしく、胸がふさがります。その頃、娘は家に帰ると必ずママがいて、エプロンをかけた手作りのおやつが待っているそんな家庭にあこがれたといっています。&lt;br /&gt;
　にも関わらず、娘は今結婚しても仕事が手放せない女性に成長しました。良かったのか、悪かったのか、答えは出せません。確かに子どもの視点といいながら、子どもの視点に立てないことの何と多いことか。&lt;br /&gt;
　多くの反省を込めながら、若い世代に、親を選んで生まれることの出来ない子どものために、良き母、良き父であってほしいと願わずにはいられません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　当選してすぐに児童虐待防止法をつくりましたが、今なお虐待されている子どもの数は増えています。&lt;br /&gt;
　厚生労働省で把握している分だけで、児童虐待が原因で亡くなった子どもは平成18年には61人、加害者の約65パーセントが実父母、継父母など保護者でした。今、全国に児童相談所は196ヶ所（19年）。相談件数は3万7323件。&lt;br /&gt;
　遺棄されたり、虐待されている子どもは増え続け、児童相談員も足りず、おかしいと思われながら見過ごされている子どもたちが多くいる現状を憂います。&lt;br /&gt;
　パンダもいいけれど、そのお金を虐待される子どもたちに回してほしいと思うのも本音です。（飼育に3.8億円かかるそうです）&lt;br /&gt;
　道路の整備も元より必要ですが、生まれ出た子どもの環境整備に使ってほしいと願っています。児童虐待対策にかかる経費は国の予算としては804億円です。&lt;br /&gt;
　もっと子育てを重視し、お金をかける国であってほしい。それこそが先進国ではないか、と幸せの中にあっても思う母の日でした。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>保子</dc:creator>
<dc:date>2008-05-12T18:53:52+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_4a66.html">
<title>お誕生日</title>
<link>http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_4a66.html</link>
<description>　4月18日は私のお誕生日でした。 　あえて何回目とは言いません。そう、もう言い...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　4月18日は私のお誕生日でした。&lt;br /&gt;
　あえて何回目とは言いません。そう、もう言いたくない年齢になりました。&lt;br /&gt;
　私の5歳違いの姉が50歳になった時、私は姉に「お姉ちゃまが50歳なんて気味悪いわ」と言いましたら、姉が「そうよね、自分でも気味悪いわ、そんな年になるなんて」と言われたことを思い起こします。&lt;br /&gt;
　でも自分が50歳になった時、私はごく自然にその時を受けとめ、そしてまた年を重ねていきました。この数年、お誕生日のたびにいつも同じ思いを心に繰り返し確認しています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　年を重ねることに、もはや幾ばくかの淋しさを伴い、決して心から喜ばしい年ではなくなりました。でもこの日がなければ、私は愛する家族と巡り逢うこともなく、四季おりふしに移り変わる美しい日本の自然に触れることもないのです。&lt;br /&gt;
　愛する二人の娘から自分では決して買うことのない、年甲斐もない可愛らしいパジャマをプレゼントされたり、「わが命、わが宝」と思っている高校二年の孫からは「誕生日おめでとう。また小遣い下さい（笑）」とメールが来て幸せになったり、友人や秘書さんから心温まるプレゼントが届き、いつまでも夢見る夢子である私は、心から幸せを感じました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　年を取るって嬉しくないけれど、お誕生日はやはり年に一回の幸せな時です。人はいくつになっても人から注目されたいのかもしれませんね。私は90歳になってもみんなに祝ってほしいです。そしてそんな可愛らしさを秘めたおばちゃまになりたいです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　私の心の中に残っている鮮烈なシーンがあります。&lt;br /&gt;
　私は30代、まだ若く一点の曇りない明るい前途を確信していた頃でした。&lt;br /&gt;
　その当時の住友銀行の頭取でいらっしゃる堀田庄三さんとお食事をしました。大組織である住友銀行に君臨し、「天皇」とまで言われた存在でしたが、私には限りなく優しく頼りになる存在でした。&lt;br /&gt;
　初めてお目にかかった時、私のことを事前に調べていらしたのには驚きました。多忙を極めていた方が、若い私のことを事前に知っておこうとなさる態度に「やはり偉い方は細やかな配慮と労力を惜しまないのだ」と感心しました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そしてもう一点は「もし神様が、何か一つだけしてあげるといわれたら」と私は馬鹿げた質問をした時のことです。今も変わりませんが、私は時々そんな子どもじみたことを平気で口にしてしまいます。&lt;br /&gt;
　その時、堀田さんは静かに、しかし強く「若くなりたいです。年齢を若く戻したいです」とおっしゃいました。&lt;br /&gt;
　権力の座にいらっしゃる方が年齢を取り戻したいとは、今、立派な頼もしい時を生きていらっしゃる方の言葉に、私は驚くと共にその真情をしっかりと受けとめることが出来ませんでした。その言葉の重みを受け止めるには、私は余りにも若かったのだと思います。&lt;br /&gt;
　でも今の私にはその気持ちが良くわかります。全てのものを得ることが出来ても、得ることが出来ないものが人生にはあります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　高二の長女の息子に言っていることは、「人生に再チャレンジできないものはない。でも取り戻せないものは自分の命、他人の命、そして時」です。&lt;br /&gt;
　若い時はどこかで自分は年は取らない、永遠だと思っているのかもしれません。人間が持っている業かもしれません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　長寿医療制度、新聞報道では「評価しない」というが７１％でした。&lt;br /&gt;
　私も土日は地元で、きめ細やかに説明していますが、年金から差し引かれることに大きな抵抗があるようで、なかなか理解を広めることの難しさを痛感しています。&lt;br /&gt;
　この制度をつくった役人たちも、必ずしもお年寄りをいじめようと思ったわけではないと思います。21世紀の未来を考える時、現在1人の高齢者を現役世代4人で支えていますが、20年後には高齢者1人を2人で支えることになるのです。国民が全て保険に入っている制度は、アメリカなどに比べて大変良い制度だと思います。ただこのままいけば、高齢者医療制度は崩壊し、高齢者にも過度な負担を強いなければならなくなります。それらのことを考え、国・地方が5割、現役が4割、個人が1割を負担するという制度をつくったのです。&lt;br /&gt;
　でも私はもっときめ細やかなやり方への配慮が必要だったと思います。説明不足は否めません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「後期高齢者医療制度」というネーミング、公明党はそれをすぐに「長寿医療制度」と変えました。ネーミングを変えても何もならないと言われる方もいるかもしれませんが、そんなことはありません。言葉は内容を表すのです。人間の心を表すのです。後期高齢者医療制度というネーミングよりも長寿医療制度にしたら、という発想が最初から役人にあったならば、もうちょっと細やかな配慮があったかもしれません。&lt;br /&gt;
　政治に携わる人間として、私も反省しています。制度をつくった30代、40代の頭の良い役人は、自分は年を取らないと考えたのかもしれません。或いは日本の将来を憂うあまりに、現状の把握をちょっと怠ったのかもしれません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　評価しない人が71％いるとしたら、これからの医療制度を維持していくために、今後どのような制度に変えれば良いのか、共に考えていかなければ、いずれの時かは、国民全ての人が入れる保険制度は崩壊してしますと考える昨日今日です。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>保子</dc:creator>
<dc:date>2008-04-23T09:22:02+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_c296.html">
<title>桜を愛でて</title>
<link>http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_c296.html</link>
<description>　桜が今を盛りと美しく咲き匂っています。 　春っていいですね。 　春に生まれた為...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　桜が今を盛りと美しく咲き匂っています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　春っていいですね。&lt;br /&gt;
　春に生まれた為か、春というだけで幸せな気持ちになります。&lt;br /&gt;
　でも残念なのは、かつて感じた夕闇の中で甘い匂いが全身を包み、体を溶けさせていくような優美な気だるい春の空気が無くなったことです。&lt;br /&gt;
　これこそ確かに温暖化の影響だと思わずにいられません。&lt;br /&gt;
　それはあなた自身が変わったのです、今までに感じていた微妙な風の揺らぎ、空気の流れや甘くやるせない香りを受けとめる感性がなくなったのではないですか、とおっしゃる方もいます。&lt;br /&gt;
　でも私が変わったのではなく、確実に自然が移ろっているのです。&lt;br /&gt;
　あの甘く切ない体が溶けていくような、やる瀬ない空気に委ねたいと願っているのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　人はあの美しい桜を何回見ることができるのでしょうか。&lt;br /&gt;
　百歳生きるとしても百回しか見ることができないのです。&lt;br /&gt;
　その事に想いを寄せると、私は一瞬一瞬が愛おしく、今年の桜をしっかり目に焼き付けたいと思わずにはいられません。&lt;br /&gt;
　若い日にはそんな事に想いを馳せないのですね。&lt;br /&gt;
　私も若い日を思い起こす時、誰とどんな魂の揺らぎの中で花を見たのか思い出せません。&lt;br /&gt;
　思い出せない程、桜よりもその時々の青春のひとコマひとコマが光輝いていたのかすら、思い出せません。&lt;br /&gt;
　私は寒い日に毅然と咲く梅も、凛として気品を漂わせ、時として緊張感を持つこともありますが、やはり何よりも、これでもかという程、絢爛豪華に咲き匂う桜が大好きです。&lt;br /&gt;
　あの華やかさは他にはありませんもの。&lt;br /&gt;
　年を重ねるという事は良いこともあります。&lt;br /&gt;
　一瞬一瞬の時を大切にしていく心が芽生えますから。&lt;br /&gt;
　春にふさわしく未来に希望を持って明るく生きていきたいと願う日々です。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　時間があれば私は桜を見に街をうろついています。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>保子</dc:creator>
<dc:date>2008-04-06T08:39:32+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_0d24.html">
<title>思いつくままに・・・</title>
<link>http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_0d24.html</link>
<description>　宮崎県の東国原知事や京都の山田知事、経済界や労働界の方々もお入りになり、「せん...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　宮崎県の東国原知事や京都の山田知事、経済界や労働界の方々もお入りになり、「せんたく」議連が発足するという記事を目にした時、私はすぐに入りたいと思いました。&lt;br /&gt;
　国が何をなすべきか、地方が何をなすべきか、役割分担と連携はこれからの日本の舵取りの上で大変重要なことと思われたからです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　一昨年、義務教育費国庫負担金を国が持つか、地方が持つかで大変揺れました。&lt;br /&gt;
　義務教育の教職員の人件費を、地方分権だから地方によこせと多くの首長が主張しましたが（私は教育の格差を生むことを恐れ、国が人件費を担保すべきと主張し、２分の１から３分の１の国負担ということで決着しました）、その同じ首長さんが、今度は道路特定財源の時には国のヒモ付きの財源がほしいとはどういうことなのかと、解せない思いです。&lt;br /&gt;
　教育においても中央がやるべきことと、地方の特色を生かした教育のあり方が検討されるべきでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そういう意味からもすぐに入りたいと思いましたが、政府の人間は入らない方がいいのでは、ということで入れませんでした。政府にいると色々と不自由なこともあります。&lt;br /&gt;
　連休の世界遺産視察の中止といい、今回のせんたく議連に入会できなかったことといい大変残念です。でも政府の中にいれば、直接政策に関わることができるのですから、充実した時を過ごせるのも確かです。&lt;br /&gt;
　何かを捨て何かを取る。良いことばかりを取れないのが人生かもしれません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　話は飛びますが、ブログは日記ですから話が飛んだって良いのですね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　新聞の週刊誌の広告に、皇太子様と雅子妃殿下が目白の寿司屋に密かに行かれると書いてありました。&lt;br /&gt;
　タイトルだけで中を読んでいないのでわかりませんが、目白は皇太子様が通われた学校のある所です。東宮御所には腕のいいコックさんがいるのでしょうが、寿司の職人は流石にいないことでしょうし、お寿司はカウンターで大勢と談笑しながら、にぎってもらったものを食べるから美味しいのです。&lt;br /&gt;
　きっと東宮御所の広い優雅な食堂で二人っきりでお寿司をにぎってもらっても、それらしい雰囲気にならないかもしれないと、あれこれ想像したりしました。&lt;br /&gt;
　私から見れば四季折り節に美しい花々が咲き乱れる広いお庭の東宮御所は、それだけで心なごむのではないかと思いますが、外部に出られないということは現代に生きる人にとっては大きなストレスかもしれません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　雅子様のお気持ちもわかります。&lt;br /&gt;
　でも願わくば、雅子様は公人でいらっしゃるから、現代はセカンドオピニオンの時代ですから、何人かのお医者様の診断のもとで病状を公開されたらいいのにと思います。&lt;br /&gt;
　生活や職場のギャップから精神的に落ち込んでいる人も多い中、雅子妃殿下が病名を公開なさることは国民それぞれが痛みや苦しみを分かち合い、安堵し、共通認識を持つのではないでしょうか。&lt;br /&gt;
　聖書の「テンダネス」は痛みや苦しみを分かちあうということです。私はこの言葉に触れた時、大変感銘を受けました。&lt;br /&gt;
　マザーテレサの素晴らしさは、悩んでいる人、苦しんでいる人の傍にいき、手を取り、彼らの苦しみを共有したことです。それによって、苦しんでいる人々の苦しみが和らぐのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　雅子妃殿下が病状を公開されたら、国民は雅子妃殿下と寄り添い、共に回復を願っていくことに充実感を見出せると思います。&lt;br /&gt;
　私は国民と共にある皇太子様、妃殿下にそれを望みたい思いです。&lt;br /&gt;
　休日には梅の花を見に、天皇皇后両陛下が東宮御所に行かれたとのこと、何となく和やかな幸せが伝わってくる思いがします。&lt;br /&gt;
　天皇陛下と皇太子様は日本国の象徴とその後継者でいらっしゃいますが、その前に父と息子です。美智子皇后と雅子妃殿下も、お姑様とお嬢ちゃまなのですから携帯電話のある時代、もっとざっくばらんにコミュニケーションがとれないのでしょうか。「この頃御所にいらっしゃらないから、お顔が見られなくて寂しいわ」と美智子皇后がお電話なさったら、外国育ちの雅子妃殿下は「あら、それじゃまいりますわ」とか、「御所に上がると、あとでどっと疲れが出てしまうんです。もうちょっと待って下さいませね」とか、お返事があるかもしれません。&lt;br /&gt;
　皇室は一般の家庭とは違うんだよ、そう簡単には出来ないんだよ、とおっしゃる声が聞こえそうです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　確かに私も幼い時から、朝起きたら「ごきげんよう」、夜寝る時にも「ごきげんよう」、両親には敬語、そんな生活をしてきました。その反動でか、娘とはまるっきり友人です。それでいながら姉から電話がかかってくれば、やはり「ごきげんよう」がつい口を出て、父や母のことを話す時はつい敬語になっています。&lt;br /&gt;
　そんな生活も懐かしく思い起こされますが、形式はどうであれ人と人を結び付けるのはやはりコミュニケーションです。意思の疎通を欠かすことは大きな不幸だと思います。&lt;br /&gt;
　勿論、私も家族とのコミュニケーションに心がけたいと思います。でも悲しいかな、高校一年の長女の息子はあまりコミュニケーションを図ってくれません。（涙、涙・・です。）&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>保子</dc:creator>
<dc:date>2008-03-05T01:05:15+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_a8ac.html">
<title>徒然なるままに</title>
<link>http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_a8ac.html</link>
<description>　連休の海外出張を町村官房長官より止めるように言われ落ち込んでいた私ですが、いつ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　連休の海外出張を町村官房長官より止めるように言われ落ち込んでいた私ですが、いつも信条にしている「人生はあざなえる縄のごとし」で良い休日を過ごしました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　まず一点は、いつも慌ただしくお参りする両親のお墓に、水とお線香とお花を持って、体力のために歩いていきました。我が家から両親の眠る大徳寺まで小一時間、ちょうど一人散策するには良い道です。&lt;br /&gt;
　様々なことを思いながら帰り道は商店街を通り、お肉屋さんで高一の坊やに食べさせてあげたいとお肉を買ったり、お茶屋さんで、お抹茶が切れていたからと求めて、家に帰っておいしいお抹茶を一人いれました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　私は小学校から私立に通っていたので、片道渋谷駅から歩いて２０分。その間、夢見る少女だった私はあれこれといつも夢の世界をさまよい、楽しい往復路だったことを思い起こしました。今でも夢見ることが抜けないのは、幼いときの毎日の通学路の習慣が残っているのかもしれません。&lt;br /&gt;
　久しぶりに家族とも食事をすることができ、積もり積もった話に花を咲かせました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そしてなんと言っても心に残るのは、９日に行われた公明党の代表者協議会です。&lt;br /&gt;
　「一致団結して慈悲の政治を」と、太田代表からの挨拶がありました。慈悲の政治とは思いやりの政治だと思います。一人一人の痛みや苦しみを分かち合い、少しでも自他の心を持って、他人の幸せのための政策づくりをするということだと思います。&lt;br /&gt;
　私もまたそのような政治を願っておりますので、大変嬉しくなり、公明党に入って良かったと思いました。ほかの政党で思いやりのある政治を心しているところがあるでしょうか。政治家不信といわれるように、どれだけの国民が政治家を信頼し、尊敬しているでしょうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　予算の中継が何回もあるので、ＮＨＫが躊躇していると聞いたとき、ある野党の議員が「なら予算を通さなければいい」と言いました。&lt;br /&gt;
　野党だけでなく、とかく政治家はそんな発想をする人もいるようです。でもこれは恫喝でなくてなんでしょうか。&lt;br /&gt;
　まして志高く、日本の将来を考え、一人一人の幸せを願うはずの若者が、先生と言われて錯覚しているとしたら、とんでもないことだと、私はそれを聞いたとき心が暗くなりました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　私は若い政治家がどんどん出てくることには賛成です。でも若い人はとかくすぐに傲慢になると悲しくなりました。謙虚に、純粋に、しがらみにとらわれず進んでいくからこそ若さが大切にされるのです。&lt;br /&gt;
　有権者が政治家を選ぶとき、どんな人を選ぶか、これからの日本の未来がかけられていると思います。&lt;br /&gt;
　かくいう私も、有権者に応えられるようでなければならない、若い人の姿からそんなことを思った一瞬でした。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>保子</dc:creator>
<dc:date>2008-02-20T18:00:39+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_407d.html">
<title>残念にも突然中止になった香港視察</title>
<link>http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_407d.html</link>
<description>　連休に文化庁長官とマカオの世界歴史遺産を視察する事にしていました。 　世界には...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　連休に文化庁長官とマカオの世界歴史遺産を視察する事にしていました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　世界にはユネスコ認定の851の世界遺産があり、日本には11件の世界文化遺産、知床をはじめとした3件の世界自然遺産があります。&lt;br /&gt;
　昨年は島根の石見銀山が世界文化遺産に登録されました。10年前、公明党の斉藤政調会長に案内され視察に行きました。雪が残る歩きづらい道、アクセスも悪い中、視察に行った思い出に残る地です。&lt;br /&gt;
　世界の人達への認知が薄く、駄目だろうといわれている中、昨年5月パリの近藤ユネスコ大使に直接お目にかかり、世界にも稀有な銀山として栄えた地であり、今も地元の人々に伝統と文化がしっかり受け継がれている事を説明して、理解して頂きました。&lt;br /&gt;
　大使は世界中の委員の方々に十二分に説明して下さいました。大使の御尽力なくして石見銀山の世界遺産登録はありませんでした。心より感謝の思いです。&lt;br /&gt;
　島根の方々には、若い世代に夢と希望を与えるだけでなく、経済の活性化にも役立つと大変喜んでいただきました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　マカオでは、2005年7月に世界遺産に登録された「マカオ歴史市街地区」を視察する予定でした。中国31番目の世界遺産となった「マカオ歴史市街地区」は、22の歴史的建築物と8ヵ所の広場を含む日常生活地域です。&lt;br /&gt;
　住民と一体となった世界歴史遺産の保存、維持、管理は日本も学ばなければならない課題です。頭にしっかり叩き込み、これからの日本の世界遺産にも反映していきたいと楽しみにしていたのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ところが前々日の夜、突然、官房長官より視察を止めるようにとの通達が届きました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　中国は旧正月だから、公務が十分に出来ないだろうとの判断のようでしたが、歴史遺産は休日だろうが関係ありませんし、私は突然の事に驚き、がっくりしました。&lt;br /&gt;
　でも官房長官は、権力はやはり大きいのです。総理に次ぐ2番目の地位にいられる方ですから、逆らえません。&lt;br /&gt;
　権力は影響力が大なのです。私も副大臣という要職にあるので注意しなければならないと自戒しました。&lt;br /&gt;
　詰めていたスーツケースの中身を元に戻しながら、何故中止しなければならないのか釈然としないまま、何日間も準備して下さった受け入れ先の方々、旅行会社、全ての方々に申し訳ないと、忸怩たる思いで落ち込みました。&lt;br /&gt;
　私の好きな言葉に「いつも希望、喜びの心で。どんな時にも感謝の心を」がありますが、私はこんな時、感謝の心なんて持てないわとぶつぶつ嘆いていました。でも習慣になっている、寝る前に両親に手を合わせて祈る時は、「私の心は乱れています。でも健康である自分に感謝しています。勇気を与えて下さい」と少し冷静になれました。眠れない悔しい一夜を過ごし、静かに自己を振り返れば、幾つかの反省も芽生えました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　お忙しい官房長官と直接お目にかかり、お話しする時間もなく、何人もの伝言者が間に入っています。その間、本当に私の真意が伝わっていたのかどうか疑問です。&lt;br /&gt;
　まず私が直接話した人に私はその人を心から納得させられたのか、もし私が自分で納得しているあまり、自分の目的をしっかり相手に伝えていなかったら、次から次へとメッセージが伝わっていく間に徐々に目標が薄れていってしまうのです。&lt;br /&gt;
　これは私だけの問題ではなく、党と党、国家と国家も同じ事がいえるのでしょう。&lt;br /&gt;
　特に外交問題では小さな溝が大きく拡がったり、誤解を生んだりして、修復できない亀裂を生む恐れもあります。&lt;br /&gt;
　私の反省の一つでした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　また二つ目に、若い頃は自らの目標に対しガムシャラに突き進んでいきましたが、歳を重ねると周りの状況が見えてくるのです。すぐに相手の気持ちが理解できてしまい、勇気や情熱が失せたのではないのですが、でもつい躊躇してしまう事が多くなってきた気がします。&lt;br /&gt;
　官房長官に出張の件をもっと早く報告していればという事も言われましたが、ねじれ国会でつなぎ法案の提出を巡って緊迫していたこともあり、国対委員長や官房長官が対応に追われていることも承知していたので、なるべく心配をかけない時期にと思い、提出の時期を待っていました。&lt;br /&gt;
　前にブログにも書きましたが、小泉元総理のように、目的のためには例え人を傷つける事が一時的にあっても、まっしぐらに突進していく事が必要なのかもしれません。私にはその心根が薄いのかもしれません。だから偉くなれないのでしょうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　自分の目標が「動機は善なりや、私心なかりしか」と自らに問い、それが私情ではなく、国のためと確信したら、その目標を勝ち取る努力をもっとしていくべきかもしれません。&lt;br /&gt;
　理不尽だと怒りながら、様々な事に思いを巡らした一夜でした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　私が怒っている時、一緒に怒ってくれ、冷静になるのを待ってくれる家族の支え。「連休に家に帰れてママ、良かったじゃない、毎月のお祖父ちゃま、お祖母ちゃまのお墓参りもゆっくり出来て幸せじゃない」と言ってくれた娘達に、ただただ感謝です。&lt;br /&gt;
　小さい事から大きな問題まで、いつも娘たちに支えられている事を再確認した一日でもありました。&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>保子</dc:creator>
<dc:date>2008-02-10T13:32:47+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_5f49.html">
<title>歴代総理のもとで</title>
<link>http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_5f49.html</link>
<description>　１９年度補正予算が審議され、それが終了するとすぐに２０年度本予算の審議と、慌た...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　１９年度補正予算が審議され、それが終了するとすぐに２０年度本予算の審議と、慌ただしい日々を送っています。&lt;br /&gt;
　文部科学省も社会総がかりの教育体制のもと、民間の活力を頂きながら健全な子どもを育成する政策の数々を打ち出していますから、一日も早い成立が望まれます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　考えてみれば政治家になって１２年、森総理、小泉総理のもとで文部科学大臣政務官、安倍総理、福田総理のもとで副大臣と、いずれの時も政府の中で働くことが出来るのは幸せです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　私は福田総理をいつも安心感を持ってお頼りしています。&lt;br /&gt;
　確かに小泉さんのような華やかさ、心に響く発言、インパクトはありませんが、もともと私は教育、政治は日々の誠実な積み重なりと確信していますので、テレビ向きのパフォーマンス、アドバルーンを掲げることなど必要ないと思っています。&lt;br /&gt;
　福田総理は落ち着いていて、バランス感覚があり、常識人であり、何事があっても動じない強さを感じます。それが物足りなく支持率が上がらないのでしょうか。&lt;br /&gt;
　勿論、年明けの株安に伴う経済不況、ワーキングプア、原油の高騰、命に関わる食品製品の販売など、私たちの暮らし、生活に対する危機感が、政権与党に対する信頼性を喪失し、総理への風当たりも当然悪くなってしまうのでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　小泉総理は稀有な方です。&lt;br /&gt;
　自分が信じたことはまっすぐに突き進んでいかれるあの情熱。誰でも情熱はあります。勿論私にも。&lt;br /&gt;
　でももし私なら、郵政民営化でも道路公団民営化の問題でもそれをする事の功罪を考えてしまいます。メリットとデメリットを考えたとき、躊躇してしまうかもしれません。役人がそうなんですね。だから大胆に前に進めない。何でもメリットのない事柄なんてないのですからね。&lt;br /&gt;
　郵政民営化、道路公団の民営化に対しては、私は積み残しがたくさんあるように思いますが、まず走り出すこと、走り出しながら考え、走る道を作っていくことが必要なのですね。&lt;br /&gt;
　走る道をあれこれ考え込んだら、人はスタートは切れません。私が何かを提案した時に、役人はいかにそれを遂行することが難しいかを、相手の自尊心を傷つけずに、説明する特異な才能を持っています。その言葉を聞くたびにいつも私は、立ち塞がっている困難を取り除いたら不可能が可能になるじゃないの、と反論します。人は常識に縛られては進歩なんてないのです。自分に言い聞かせていることです。&lt;br /&gt;
　私は結構、外見よりは常識的で、自分の斬新な考えや行為を抑止することがあります。常識に縛られず、もっとのびのびと考えを実行に移していたらもっと偉くなっていたでしょうね。同い年でも小泉さんと私の違いは、根本的に発想の違いはもとより、むしろ表現、行動力の違いなのだと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　鮮烈に心に残っていることがあります。&lt;br /&gt;
　総理時代、小泉さんは愛知万博に行かれ、そこで持参のお弁当持ち込み禁止に、それはおかしいと撤回されました。多くの訪れる人が喜びました。私もよかったと思いました。&lt;br /&gt;
　でもすぐに私は、私が総理ならそう思ってもきっと口にするのをためらったと思ったのです。何故ためらうのか。総理がそんなことまで口を挟んではおかしいんじゃないか、総理はもっと大きな問題にこそ関心を注ぐべきではないか、とささやく声に自分の意見を押し留めたかもしれません。&lt;br /&gt;
　一人一人を大切にするということは、細やかなことにも心配りをするということですから、ためらう方がおかしいのです。にも関わらず口に出すのをためらってしまう自分。何かを実行に移したいと願いながら自らの情熱をふと押しとどめてしまう、もう一つの醒めた自分を見つめている目。いつもそんな二つの目の葛藤が自分を抑制したり、押し出したりしています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　６０歳になった時、もう何者にも縛られず素直に、率直に生き、行動していこうと決心してから数年。昔の人は「四十歳にして惑わず」と言ったそうですが、私は６０歳になっても「惑」でいます。そんな意味からも私は周囲の思惑など歯牙にもかけず無我夢中で突き進んでいく小泉さんに惹かれ、何事にも冷静な福田さんに安心感を持っています。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>保子</dc:creator>
<dc:date>2008-02-04T10:37:25+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_c3bf.html">
<title>疲れた一日</title>
<link>http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_c3bf.html</link>
<description>　今日は、国会と文部科学省を何度も往復し、精神的に疲れた一日でした。 　何故かと...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　今日は、国会と文部科学省を何度も往復し、精神的に疲れた一日でした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　何故かというと「国民生活等混乱回避の租税特別措置法改正案」通称「ブリッジ法案」について与野党が激しく対立し、予定されている本会議が、開催時間直前に何度も延期になり、そのたびに行ったり来たりとなったのです。&lt;br /&gt;
　全く先が見えない状況が続きましたが、最終的に、衆・参両議院の議長のあっせんを与野党が受け入れることが決まり、今日は結局本会議を開催しないことになりました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　与野党が受け入れた両院議長のあっせん内容は&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　１、総予算及び歳入法案の審査に当たっては、公聴会や参考人質疑を含む徹底した審議を行った上で、年度内に一定の結論を得るものとする。&lt;br /&gt;
　２、国会審議を通し、税法について各党間で合意を得られたものについては、立法府において修正する。&lt;br /&gt;
　３、１、２について、両院議長の下で与野党間で明確な同意が得られた場合には、いわゆるセイフティネット（ブリッジ）法案は取り下げる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　というものです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　実は国会の歴史上、ブリッジ法案というものが何度か国会に提出され、成立したことがあるのですが、それは総選挙などで、どうしても年度内に十分な予算審議が出来なかった場合、国民生活に混乱をきたさないために、与野党合意のもとで出されたものです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ブリッジ法案については、国民生活の混乱を避けるために仕方なく提出していた法案ですが、年度内に予算が成立するならばわざわざ提出する必要もなく、取り下げることになって良かったと思います。&lt;br /&gt;
　常識ある政党人として慣例どおり審議し、年度内に予算を成立させ、粛々と予算を執行することが国益にかなうことではないかと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　明日からは国会が正常化することになり、来週からは本予算の審議が始まります。これからは、与野党で一つ一つの法案について丁寧に審議し、修正すべきところは修正し、国民生活に影響を及ぼさないよう真剣に審議していきます。&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>保子</dc:creator>
<dc:date>2008-01-30T20:07:43+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_0227.html">
<title>政治家がお花を活けた日</title>
<link>http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_0227.html</link>
<description>　私は11年前に議員になった時、「日本の伝統文化並びにいけ花を愛する議員連盟」通...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　私は11年前に議員になった時、「日本の伝統文化並びにいけ花を愛する議員連盟」通称「生け花議連」をつくりました。&lt;br /&gt;
　政治家こそ、一人一人の国民の幸せを願い、何をしたらいいか考え、法律をつくっていくのですから、豊かな感性が問われると思います。&lt;br /&gt;
　利権、権謀術数、そんな生臭い世界の中に、清新な風を送りたいと志高く立ち上げました。&lt;br /&gt;
　秘書をしていた娘は結婚を機に秘書を辞め、講談社より「永田町にも花を生けよう」という本を出しました。&lt;br /&gt;
　私はというと、高い志にも関わらず、目先の法案の山に明け暮れ、生け花議連を開催する頻度が年々落ちてきたことを大変気にはしていました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　先日、久しぶりに議連を開くことにし、娘がデモンストレーションをして、その後、議員に花を活けて頂くことにしました。&lt;br /&gt;
　議連会長の森喜朗元総理、顧問の安倍晋三前総理にも御出席頂き、冒頭、森元総理から「安倍前総理も少し時間的に余裕がお出来になったから、生臭いことはあまりしないで、生け花のような美しいことをしてほしい」とユーモアを交えた挨拶から総会が始まりました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　みんな和気あいあいと、それぞれの個性を出しながら花を活けてくださいました。&lt;br /&gt;
　安倍前総理も熱心に花を活けられ、娘も花を拝見して、人柄の優しさ、暖かさが伝わってきたとしみじみと言っていました。&lt;br /&gt;
　また馳前文部科学副大臣は体に似合わず、繊細で華麗な花を活け、とっても良い方なので、再発見したわ、花を活けるとその方の隠れたお人柄がそこはかとなく滲み出てきて、とても感動的でしたとも言っていました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　みんな森元総理、安倍前総理を囲み、自分の活けた花を前に記念写真を撮り、お花を活けることの喜びに目覚めて下さった大変有意義な1時間でした。&lt;br /&gt;
　政治家にこそ、真の優しさ、思いやりや、真の感性が問われるのだと思ったひとときでした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　今日はといえば、本来20年度予算の本会議の採決があるはずですが、いつ開催されるかもわかりません。&lt;br /&gt;
　どんなことがあっても、国民生活に混乱をきたすようなことをしてはいけません。&lt;br /&gt;
　与党の責任として、守り抜いていく気持ちです。&lt;br /&gt;
　何をなすべきか、誤りない判断のもとで果断に実行していくつもりです。&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>保子</dc:creator>
<dc:date>2008-01-29T16:58:31+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_5487.html">
<title>薬害肝炎救済法の成立をみて</title>
<link>http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_5487.html</link>
<description>　昔と比べると良い時代になったと思う時があります。その一つが薬害肝炎救済法の成立...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　昔と比べると良い時代になったと思う時があります。その一つが薬害肝炎救済法の成立です。この成立には公明党の坂口元厚生労働大臣、斉藤政調会長の救済に対する強い意思と自民党に対する働きかけがありました。&lt;br /&gt;
　山口美智子・薬害肝炎原告団代表は解決後、私達の部屋を訪ねられた時、公明党は長い間私達に寄り添い、ゆっくり話を聞いて解決に尽力して下さいましたと感謝の言葉を述べられました。&lt;br /&gt;
　ハンセン病国家賠償訴訟の時も、当時の坂口厚生労働大臣は厚生労働省の役人のあれこれ抵抗するのを抑え、救済に尽力されました。&lt;br /&gt;
　私は不条理な立場におかれた人々の身に寄り添い、解決に力を尽くす公明党にいられる事を幸せに思います。まだまだ数え切れない程、不条理な事は世の中にあります。でもその一つ一つを丁寧にすくい上げ、解決に向って努力していきたいと思うのです。少なくとも私の第二の人生の政治家の理念です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　原告団は5年間も見えない闇の中で一筋の光を見つめながら、病と闘いながら強い意思で、時に絶望に陥りながら今日の成立を見られたのです。私はまず心から敬服しました。自分だったら出来るだろうか、途中で挫折してしまったのではないか、強い意思と、続ける力を維持していく事の重要性を深く認識しました。&lt;br /&gt;
　亡き父がいつも私に言っていた「継続は力なり、愛は持続なり」です。一筋にひたむきに目標に向っていけば、きっと最後は神様が手を差し延べて下さるのですね。&lt;br /&gt;
　以前と比べれば一人一人を大切にする社会が構築されつつある事に私は日本の未来は明るい、生きるに値する社会が作られていくと未来に希望が湧いてきます。その力になる為に私たち政治家が存在しているのですね。&lt;br /&gt;
　こんな事がないと自らの無力さに、時おり未来に絶望的になります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　若い時、たぶん小学校高学年か中学校の時、社会党の党首・浅沼次郎さんが少年にナイフで刺され死亡しました。&lt;br /&gt;
　真面目で誠実で庶民の幸せを大切にして生きてきた人が何故無差別につまらない殺され方をしなくてはならないのか、余りにも理不尽すぎると憤りを込めて落ち込んだのを覚えています。&lt;br /&gt;
　勿論、その時思想的にどうこうなんて全くありません。だってたかが10歳位の子どもですから。でも新聞を読むのが大好きで、政治家なのに借家住い、質素で堅実な人だったという記事に惹かれただけです。&lt;br /&gt;
　でも世の中は変わって欲しいと強く願います。それぞれの立場の人が、生きている幸せを実感出来る環境整備が急務です。９９．７％の中小企業に働く人の為に、ワーキング・プアーの解消の為に、母子家庭の子どもが、修学旅行に行く事が出来る為に政策に向っていきます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　薬害肝炎救済法の成立を必死に願いながら亡くなった方に心からご冥福を祈ります。私は、死んでも人の意思は生き続けていくと信じています。だからこそ亡き父に恥じない生き方をと願うのですが、だとしても成立を見たかっただろう、無念だっただろうと忸怩たる思いです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　一人一人の幸せの為に何事も早期解決に尽力する一年にしたいと肝に銘じた一日でした。&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>保子</dc:creator>
<dc:date>2008-01-15T13:33:42+09:00</dc:date>
</item>


</rdf:RDF>
